| 2012/02/05
|

大寒を過ぎて寒の底とはいえ低温注意報が出っぱなしのクソ寒い日がつづく。先週も放射冷却で氷点下14度という真冬日がつづいた。朝のゴミ出しがキツイのは生活感があって嬉しい。 それが立春翌日の今日は一気に緩んだ。ふと気づけば日脚も意外なほど伸びている。陽光に早春のかすかな気配さえおぼえる。季節の移ろいはいつの時機でも単純な生活者にとってはいちばんの暮らしの友である。 このところブログの更新を督促するメールなどがいくつかあった。ありがたいことである。 冬眠を理由に老人の繰り言を記すための備忘メモもつけなくなっているので、いざ書こうとしても大概は考えがまとまらない。やはり毎日少し書くことのルーチンが要諦のようだ。
先週は三カ月ぶりに散髪に行った。髪の毛をのばすと禿げが隠れることを理髪店の鏡で知った。そういえば髭も同じほど当たっていない。それは単なる不精だったが、おかげで貧困者の顔付らしくなってきた。 農協病院の精神科では長谷川式テストで27点だった。20点以下が認知症の疑いだから最近のボケは加齢による老人力だけである。できなかったのは野菜の名前と引き算だが買い物に支障はない。 山岡から珈琲豆の到来物があった。ありがたいことである。原発潜入記が売れたのかも知れない。 そういえば天気が好いので軽井沢の矢ケ崎山に行った。新幹線の駅前にあんな山があるとは隣町に暮らしていて知らなかった。北アルプスと妙義山が素晴らしかった。数十年ぶりにリフトでおばさんをナンパして一緒に滑って楽しかった。この町の里山ゲレンデには古希前後のジイサンしかいない。 如月に入ってすぐだったか、朝日新聞といくつかのテレビでこの国の経済に関する論調の潮目がはっきりと変わったことを知った。富士火山帯の不穏な気配に便乗しての世論操作だろう。 ちゃんと前後して「さよなら、君たちのソニー」にはじまる家電業界、製造業の衰退、何十年後の人口減少など露骨に危機を煽ってくれる。別に誰でも知っている当然の事情もその文脈におくとたちまち暗い未来予報図になると思っているのだろう。そうして「日本国債の暴落」という新規の不安が燎原の火のように広がっているらしい。 マイケル・ルイスの『ブーメラン』で解るようにアイスランドもアイルランドもギリシャも振り返れば、どうしてあんなバブルを起こしたのか誰にも判らない。理解できるのはそんなバカげたことがありえるわけがない、つづくわけはないだろうということだけである。 経済は共同幻想に支えられた運動の継続だから(グローバル金融などはとくに)ある日、誰かがこれはおかしいぞと思っただけで世界は一変する。 老人によく解せないのはいま「国債暴落」不安を煽ることの目的である。老人は無知でいけない。誰かに教わらなくてはいけない。 辺見庸の『瓦礫の中から言葉を』は純正左翼の「3・11論」ではいちばん納得した。さすがに大地震・大津波を預言した詩人である。最後の二行にはまったく同感した。 先週は温泉場の大広間で寝転がってマイケル・コナリー『真鍮の評決』を読み終える最高の愉しみがあった。なにせミッキー・ハラーとハリー・ボッシュの豪華共演である。ふたりが異母兄弟というのはすっすり忘れていたがラストのふたりは名演だった。
| |